寸止めしてみたあと5mm

徐々に近づいてくるおにいさまの顔。
甘い響きで私の名前を呼ぶ。
瞳を閉じて互いの唇を合わせ、 キスを味わう。

その後は寝室に連れ込まれる…ってパターンが最近は日常化してしまっているけれど、
私は素直に身を任せる――そんなことは出来ない。
だってね?
ここは…キスしようとしてる場所は…

「だ、ダメです。おにいさまっ」
「……優姫」

唇同士がもう少しで触れ合う僅か5mmで優姫は自分の手で枢の唇を防いでしまう。
あからさまに不機嫌な態度を丸出しにする枢。
今のでその場の体感温度は確実にマイナスを示し始める。

「手を退けて?」
「無理です!!いま授業中なんですよ!?分かってますか、おにいさま!?」

そう。 優姫が拒んだ理由。
それは今は夜間部の授業中だからだ。
その最中、人目が有るにも関わらずキスしようとしてくる兄に常識を訴えるも口で勝てた試しなんてない。

「分かってるよ。だけど僕には優姫しか見えてないから人目なんて無いんだよ。それに…―――」

それに誰も見てないからと耳元で囁かれ、
ピクッと震え、力の弱まった彼女を見逃すことなくこれ幸いとばかりに

「…………んっ」

キスの雨を降らせた。

授業中にするべきことではない。
そんなの当たり前だし本来なら先生も止めるべきものなのだが、
彼らヴァンパイア社会では先生だろうと純血種の前には何も言えない。
それは生徒にも言えること。

(本当に君って優姫ちゃんが絡むと見境が無くなるよね…)
と拓麻は友に向けて心の中で呟く。

「……かな…め…おに、…さま…」
「なに?」
「………ここじゃイヤ…です」

潤んだ瞳で言う優姫に枢は意地悪な言葉を投げかけた。

「授業中だよ?」

今の状態なら君は僕の望む言葉しか紡がないからね。

「おにいさまとふたりになりたい…お願いっ」

クス… ほらね?
君は僕の望む言葉を言う。



破顔しそうな顔の弛みをおさえつつ

「仕方ないね。僕の大事なお姫様のお願いなら叶えてあげる」

そうして席から立ち上がるとふらつく優姫の身体を抱き上げて、
枢は静まりかえって張りつめた空気を気にする風もなく

「先生、優姫の体調が悪いみたいなので僕が責任をもって月の寮まで連れて行きます」
「あ…は、はい。枢様…お大事に」

もちろん、優姫の体調が悪いなんて嘘もいいところだ。
そもそもヴァンパイアでそれも頂点足り得る純血種が体調を崩すなんて滅多にないことだ。

普通科ならば、ありえない光景。

“ふたりきりになりたいから早退します”

そう言葉の裏に含まれているにも関わらず送り出すしかないのだ。

扉を開けて出ていくふたり。
枢と優姫の荷物を携え、星煉もまた後を追うべく教室を後にした。
残されたのは、居たたまれない空気の中に立ちつくす先生と夜間部生徒たちの姿。
その日授業が再開されることは無かった。


*end*