涼夜
それは、月が出てない日の夜の出来事。
明かりもない夜だけど、ヴァンパイアにとっては何の問題もない。
だってヴァンパイアの瞳には、明かりがあろうとなかろうとまわりの景色がはっきりと見えるのだから。
静まりかえった空間。
何か出そう…――
直感的に、そう思った。
悪意あるモノ――レベル:Eでもない。けれども、不安は募る。
ガタッ…――
「……っ!?」
思わず優姫は身体をビクつかせてしまう。
咄嗟に閉じてしまった瞳をそーっと開けて見れば、本棚から本が落ちた音のようで
何とか落ち着きを取り戻し、落ちた本を本棚へと戻そうと屈んだまでは良かった。
フワッ――
肌に温い風が撫でる。
風…
ああ、窓でも空いてるのかな……と思ってみたものの、ここは地下の部屋。
部屋を見渡せどもカーテンは無いし、窓もあるはずが無い。
ならば何故…風が吹くのだろう。
もしかして本当に幽霊の仕業だったりして……
「……ま、まさかね…。き、気のせいだよね……あははは」
笑って誤魔化そうとした優姫の視界に白い布が入った。
下から上まで、真っ白。
その白いものが、暗闇の中でボウと浮かんで、
風が吹いてないはずなのに揺れている。
その隣には、長い髪の女…
優姫と目が合うと、ニタリと笑うが、その女の顔は何処かおかしかった。
口が異様に大きい――いや、裂けてると言うべきか……
優姫の脳裏に口裂け女――と言う言葉が浮かぶ。
そして。
ボワッ…
怖さを助長するかのように突然部屋に青白い炎が数個浮かぶ。
「……き、きゃあああああっ!!」
何がなんだか分からなくて、優姫は必至に部屋から出て屋敷の中を逃げ惑う。
少し走っていると、見知った者の姿を認めて優姫は声をかけた。
「……あ、藍堂センパイっ」
「なんだ?」
「あのっ…いま変なもの見ちゃったような気がして……すみません、気のせいです……よね?」
「ふぅん……変なものねぇ?…それは、これとか?」
「…………あ、あああ……藍堂センパイ!?いやああああっ!!」
振り向いた藍堂の顔は、無かった。それは俗にいうのっぺらぼうで…
ビシッ…
次々に優姫の身の周りで起きている恐怖に優姫は力の制御すら出来ず、
廊下にあった壁に亀裂が走った。
半泣きになりながら、またもや屋敷の中を走る優姫。
玄関まで来たときに、ちょうど扉が開き入ってきたのは…愛しいひと。
「お、おにいさまぁっ………」
「優姫、どうしたの。何かあった?」
泣きながら自分に強く必至に縋りつく優姫を枢は優しく抱きしめて落ち着かせようとする。
「優姫…大丈夫、大丈夫だよ」
「ふ……ぅ……っ」
馴染みのあるぬくもりに触れて、優姫の恐怖は徐々に薄れていく。
あんなに怖かったのに、不思議。
「…………それにしても困ったね。優姫を怖がらせた挙句、泣かせるなんて」
「…………え?」
「気にしないで。怖いものはもう居ないから優姫は安心して」
「はい…おにいさま」
*****
泣きつかれて眠ってしまった優姫を部屋のベッドに寝かせて部屋から出た枢は、
周囲に向かって静かで冷ややかな声を発す。
「さて…君たち。どういうつもりなのか説明してくれるかな」
「ご、ごめん…枢。
まさか優姫ちゃんがあそこまで怖がるなんて思わなかったんだ」
「「「すみません、枢様…」」」
と、素直に謝る拓麻たち。
毎日暑い夏が続くから少しでも涼しくなればと思い計画したのだが、
逆にあそこまで怖がられると罪悪感を感じてしまう。
「はぁ…もう良いよ。下がって」
「へ?良いの!?」
枢からの言葉で拓麻たちは目を剥く。
いつもならば何らかの罰があってもおかしくないのに…―――
「なに?お仕置きして欲しいの?」
「い、いや……そんなことはないよ。ねぇ、藍堂?」
「……え、あ……僕は…」
「英…お前…」
「呆れるわね…」
藍堂の否定をしない言葉に、はぁ…と呆れた溜め息をつく。
今回、枢が拓麻たちを罰し無かったのは
優姫が自分に泣きながらまるで放さないようにギュッと強く縋りついてくれたから。
君が僕を頼ってくれた…
それが何よりも嬉しく愛おしいから、怖がらせたことと泣かせたことは大目にみよう。
一条たちへは仕置きしないでおくよ…。
*end*