inanition
「はぁ…はぁ…っ」
苦しげに吐き出される吐息。
溢れる涙を拭うおにいさまの指。
目の前には、そのおにいさまの白い首筋。
「優姫…牙を立てれば良いんだよ」
貴方は、そう言うけど、私には出来ない。
人間として生きた10年余りの年月が私に吸血行為を――牙を立て血を啜る事を拒む。
もうかれこれ30分ほど、おにいさまの首筋に唇を這わしては牙を立てようとする――
と言う動作だけを繰り返していたが、その最後の一線を私は越えられない。
「優姫、血を啜るんだ」
「…………っ」
強く言うおにいさまの声に私の身体はビクつく。
逆らう事を許さないような声音に私は再び涙を流しながら首筋に牙を穿ち血を啜り、その一線を越えた。
「そう…それで良いんだよ。優姫…ごめんね…」
頭を優しく撫でながら、枢は謝る。
母である樹里が優姫に施したヴァンパイアの因子を封印し、ただの人間にする術式を解かなければ
このおぞましき血の呪縛に引き戻される事は無かった。
けど、血の幻に囚われ、壊れそうな優姫を見ている事は出来なかったんだ。
君にどれだけ恨まれても構わない。
それでも、取り戻したかった…
あの頃の愛しい君を。
「……謝らないで、おにいさま…謝らなきゃいけないのは私です」
優姫は枢の血を身の内に取り込むと、スッと牙を首筋から抜く。
血を取り込んだ事により、飢えが引いていき唇の端には枢の血がついていた。
それを枢が舌でぺろりと舐めるのを優姫は当然のように受け入れる。
「私はおにいさまと同じヴァンパイア――もう人間じゃない…
分かってたはずなのに、理解するのを拒んだんです。でもおにいさまを恨む事は絶対無い」
「優姫……」
だから良いんです…と。
自分が生まれながらにしてヴァンパイアであった事を否定する事は出来ない。
だって、それは全てを否定する事に繋がることだから。
「私は…嬉しいんです…おにいさまと同じ純血のヴァンパイアだった事が…」
だって純血種のヴァンパイアで、しかも兄妹であり許嫁なら
枢おにいさま…貴方と共に永い永い時間を一緒に生きて行ける。
だからこそ、受け入れなければならない。
私がヴァンパイアであることを…。
「優姫…本当に良いの?もう戻れないかも知れないよ」
「はい、良いんです…だからお側にずっと居させて…私が好きなのはおにいさまだから……ね?」
「……僕も愛しているよ」
瞳を閉じた私に今度はおにいさまの牙が首筋に穿たれた。
おにいさまが私の血を啜る音を聞きながら、私は涙をまた一筋流す。
でももうヴァンパイアを否定する悲しみの涙では無い。
おにいさまと一緒に生きて行ける事を喜ぶ涙だもの。
*****
ああ…やっと飢えを満たせれた…
一緒に永い時間を手を取り合って生きていこう…
君となら何も怖くない。
*end*