ちぇんじ
その日、いつもと変わらない宵闇が迫りヴァンパイア達の時間が近付いている刻限。
ある一つの悲鳴が月の寮に響く。
『きゃあああああっ!』
叫び方からして女であるはずなのだが、その声音は男性で…
しかも『きゃああ』なんて言うはずもないひとの声。
月の寮に住まうヴァンパイア達は揃って
頭上に『?マーク』を浮かべた。
声の発生源は、月の寮…寮長の部屋。
正確に言えば、優姫と一緒に使っている寝室……。
優姫は、目の前の状況に
何と声を発せれば良いのか分からず呆然としたまま。
視線は目の前の女の子――自分。
いや、自分だけど自分じゃないモノ――
枢もまた目の前の状況に、言葉を失っていた。
それもそうだろう。
目覚めて、横を向けば、あり得ない世界が広がってたのだから。
一体なにをどうしたら、自分が目の前にいる状況になるのか分からない。
そう――二人は起きたら互いの身体が入れ替わってたのだ。
「か…枢おにいさまぁ……っ」
「優姫…な、泣かない…で」
ギュッと涙ながらに抱きついてくる優姫は愛おしい…普段なら。
自分の顔で泣かれると言うのは、複雑と言うより寒気がする方が勝る。
「だって……」
「大丈夫だから。そのうち戻るよ…」
たぶんね…と言う言葉は優姫を不安にさせるだろうから飲み込む。
それよりも問題が有るとすれば、
「授業…どうするんですか?」
「…………そうだね。休む訳にはいかないから、優姫……着替えようか」
「は、はい。……あ、あの!おにいさま…着替えるって…まさか…」
冷や汗だらだらで優姫は枢に問う。
回答次第では即現実逃避したい
「うん。優姫が思ってる通りかな。優姫は僕の身体だから男子の制服…だね」と。
それはつまり、おにいさまが私の身体であるからして女子の制服……ってことですかぁ!?
「……一体誰の仕業だろうね」
一人呟く優姫の身体in枢。
枢の身体in優姫は、もはやそれどころではない。
この世の終わりのような真っ青な顔をした。
だってそうでしょ…
幾ら兄妹で許嫁同士だと言っても、下着とか色々と見られるんだよ…
ううっ…恥ずかしくて身体中から火が出そう。
「優姫…じゃあ、こうしようか……」
*****
月の寮、ロビー。
「枢〜おはよう。さっきの声、どしたの?」
「え…あの…すみません。拓ちゃん…わ、私が出したの…」
と、優姫が言う。
もちろん、拓麻達は枢と優姫の身体が入れ替わってるなんて知らない。
ゆえに…
「へ?拓ちゃん!?枢…どしたの?優姫ちゃんの真似しちゃって…」
「一条…静かにしてくれないかな?僕も分からないんだよ」
と、優姫の身体の枢が言う。
ここまで来て拓麻達は漸くことの事態を察した。
「もしや、枢様と優姫様…」
「うん…起きたらおにいさまと私の身体が入れ替わってたの」
「枢様が泣いてるなんて…ああっ……ここにカメラが有ればっ…」
藍堂は、わなわな震えながら言うが
「藍堂…まさかレアだなんて思ってないよね……?」
「え…あの……そのっ……」
「授業が終わったら僕の部屋に真っ直ぐにおいで」
「…………はい」
優姫の声と身体で言う枢。
だが、さすがと言うべきか
普段の優姫からは想像つかないくらい怖いのだ…。
(優姫ちゃん(様)の身体で藍堂(英)にお仕置きするの(ですか)!?)
と思った夜間部の生徒が多数いたのは言うまでもない。
「優姫様…つかぬことお聞きしますが、どのようにして着替えられましたの?」
「あ……それは……」
瑠佳に聞かれ、優姫は枢の声で答える。
「目隠しして…元の自分の身体に…制服を着せたんです…」
「僕は目隠ししなくても良かったんだけど、優姫が恥ずかしがるからね…」
「当たり前です!おにいさまっ」
「クスッ…そう言う所も可愛いね(自分の身体じゃなければ尚ね)」
「そう…ですか。それならば、大丈夫でしたわね」
聞いた瑠佳は引き攣った顔に笑みを浮かべながら、何とか受け返した。
「枢…その身体で授業出るの?」
「うん。問題無いだろう…優姫も元に戻るまでの間なら我慢するって言ってくれたからね」
「……そっか……うん…君たちが、それで良いなら僕は何も言わないよ…」
拓麻は、そう返すと何も言わない事で逃げた。
言いたかった事はそうじゃない…
端から見れば、オカマみたく聞こえるんだよ……
ねぇ…枢…君、それに気づいてるかい?
さてさてその後、授業に出たのかは、
当事者たちと夜間部の生徒たちしか知らない。
しかし、後日…元に戻ってからも暫く夜間部の生徒たちは、
あの鳥肌が立つような会話が頭から離れず、寝込む者が続出したとかしなかったとか。
おまけ。
「うふふっ……枢と優姫の身体が入れ替わってたなんて…見てみたかったわ〜」
「…………じゅ、樹里」
理事長からそんなことがあったことを聞かされた玖蘭夫妻――
樹里は、次の休暇で帰って来た枢をからかおうと計画をし、
悠はそんな樹里を見ながら、枢から『何故止めて下さら無かったのですか?』と言う
冷めた視線を向けられるであろうことに苦笑を禁じれなかった。
樹里を止められるなら止めたいけどね
――僕は樹里に弱いから。
つくづく惚れた女には弱い。
それは枢にも言える。
これは血筋から来るのだろうか……はたまた……
「はぁ…次の休暇…我が家は荒れるだろうね…」